★☆ 舞い落ちる花弁

桜の木が新緑を纏い、蝉が鳴き始める。
あらゆる色が鮮やかに映し出される夏。
今年も水面に反射する光が瞳を貫く。

「坂上くんは、今日泳がないの?」
プールサイドのベンチに腰掛けていた俺に、
春山が不意に声を掛けた。
彼女も今日は体操服を身につけていて、
俺と同様ここでは浮いている。

「ああ」
「サボり?」
「違うよ」
精一杯の笑顔を貼り付けて即答する。
「そうだよね」と彼女は微笑んだ。

「ちなみに私はサボりよ」
その言葉に対して、ただ「ふーん」と口にすると、
少し意外そうな顔をして彼女はまた口の端に笑みを零した。

彼女の発言は大した事ではなかった。
大体想像の付いていたことで、
徐々に川嶋との関わりを減らしていることにも気が付いていた。

何を意図してそんなことをしているのかは解らないが、
ただ一つ言えることは、
春山は最初に見たときから変わらず、
温かい目で川嶋を見ているということだけだ。
その感情の裏に何が隠されているのかも、
特に興味はない。そんなの解りきっていることだからだ。

プール内に視線を向けると、
丁度川嶋がクロールを泳いでいるところだった。
速くもなく遅くもなく、
綺麗でもなく汚くもない泳ぎ方。
まあ普通と言ったところか。

川嶋が春山と俺の姿を目に留めて、
少し溺れかけたがすぐに持ち直した。
立ち上がりかけた春山は、
隣で胸を撫で下ろしている様子だ。

「俺とは普通に話してていいんだ」

春山が一人で他の男子と会話していると、
川嶋は普段からは見せないような
恐ろしい形相で近寄ってきて、
春山を連れてその場から立ち去る。
だが今は、プールサイドに上がり
俺たちの前を横切っても何も言わずにまた列に並んだ。

「坂上くんはサクラのお気に入りだから」
「は?」

その発言には少し驚いた。

「サクラは、自分の気に入った人を
私にも気に入ってもらいたいって思ってるの。
あ、もしかして、迷惑かな?」
「別に。特に何も思わないけど」
「まぁ、恋愛感情ではないし、そう気にする事じゃないか」

そう言って春山は笑った。
そして表情を曇らせた。

何かあったのか、と聞くのは容易いことだ。
けれど聞いた後、果たしてその責任が取れるのか。
その曇りに隠された真実を耳にしてしまった瞬間、
この二人との関係を断ち切ることは難しくなるだろう。

吹き抜けていく風。揺れる水面。
今日も鋭い光が突き刺さる。


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